知っておきたい心臓病の救急
V エコノミークラス症候群(急性肺血栓塞栓症)
1 エコノミークラス症候群とは

エコノミークラス症候群とは、飛行機で長時間旅行したあと、飛行機を降りて歩き始めたとたん、急に呼吸が苦しくなり、時には亡くなる事もある恐ろしい病気です。飛行機で長時間旅行すると、長い間椅子に座ったままの状態を強いられる事が多く、足の血液の流れが悪くなり、足の血管のなかに血の塊(血栓)ができることがあります。この塊は、歩行などをきっかけに足の血管から肺に到達し、大きいものであれば肺の血管をふさぐこともあります。これはエコノミークラスだけでなく、ビジネスクラスやファーストクラスでも起こります。医学的には、足の血管に血の塊ができる病気を"深部静脈血栓症"と呼び、この血の塊が肺の血管をふさぐ病気を"急性肺血栓塞栓症"といいます。"エコノミークラス症候群"は、長時間の飛行機旅行によって引き起こされた"急性肺血栓塞栓症"のことなのです(図1)。
この病気は、飛行機旅行以外でも長時間同じ姿勢をとっていると発症することがあります。代表的なものは自然災害に伴う避難所生活、特に車中泊などです。東日本大震災でも、地震発生から4ヶ月後までに足の血管から血の塊が確認された人が200人近く見つかっています。熊本地震でも50人近くがエコノミークラス症候群で入院となり、うち1人は死亡しています。避難所では、1週間~2週間後の発症が最も多いとされています。避難生活によるストレスや冷たい床で過ごすことで血管が細くなる事等も一因と考えられています。その他の発症リスクのある対象者として、高齢者、外科手術後の長期安静で寝たきりの方、周産期の女性などが知られています。
症状としては、呼吸困難、胸痛、冷汗、動悸、失神、咳嗽などが挙げられますが、肺に飛んできた血の塊の大きさや、詰まった血管の大きさにより重症度はさまざまです。大きな血栓が肺の根元の血管がふさぐと心肺停止となる可能性もある病気です。
2 治療
この病気の本質は、肺動脈が血栓によってふさがることですから、治療のポイントは詰まった血栓を取り除くことになります。治療法の選択は主に病気の重症度によって決定されます。主な治療法を紹介します。
①抗凝固療法・血栓溶解療法:肺に飛んできた血栓を薬によって溶かす治療法です。抗凝固療法とは、血を固まりにくくする治療法のことで、ヘパリンやワーファリンといった薬により血の塊が自然に溶けるのを待つ治療です。血栓溶解療法とは、既にできている血の塊を積極的に溶かす治療法です。組織プラスミノーゲン・アクチベーター(t-PA)などが使用されます。
②カテーテル治療、肺動脈血栓摘除術:極めて重篤な状態に対しては、積極的に血栓を取り除く治療が選択されます。血管内にカテーテルと呼ばれる管を挿入して血栓を吸引したり砕いたりするカテーテル治療と、開胸して肺動脈から直接血栓を取り除く肺動脈血栓摘除術があります。
③下大静脈フィルター:足の血管にまだ飛んでいない血の塊が残っている症例では、下大静脈フィルターと呼ばれる網の様なフィルターを腹部の静脈に挿入することで再度血の塊が肺に飛んでくる事を予防することもあります。
3 予防
エコノミークラス症候群で最も重要なのは予防です。日常的にできる事としては、水分を十分とること、脱水を招くアルコールやコーヒーは控えること、足を定期的に上下に動かす、などがあります(図2)。特に飛行機旅行などリスクが高い状態では重要になります。いったん起こると怖い病気ですから、予防のための知識を十分に活用した日常生活を心がけましょう。

図2