産婦人科 妊娠と感染症
風疹
妊娠初期に風疹ウイルスに初めて感染すると、胎児にも感染して先天性風疹症候群(CRS)になることがあります。胎児への感染率、感染した児のCRS発症率、CRSの症状などは母体が感染した妊娠の時期によって違います。
妊娠の早い時期ほど感染率、発症率が高くなり、症状も重くなります。CRSの主な症状は、難聴、眼症状、先天性心疾患です。しかしCRSの大半は致命的ではなく、早期発見とリハビリテーションで日常生活が可能となります。
性器ヘルペス
性器ヘルペスの胎内感染は、ごくまれに妊娠初期の流産の原因となりますが、多くは健康な児が得られます。問題となるのは、分娩のときに感染して発症する新生児ヘルペスです。
新生児ヘルペスのうち最も重篤なものは、生後1週以内に発症して肝、腎、肺、脳などの全身の臓器に広がり、多臓器不全となり、治療をしても30%が死亡してしまいます。また、死亡率は低いものの、2/3に重い神経学的後遺症が残るタイプもあります。
水痘(みずぼうそう)・帯状疱疹
妊娠中に水痘(みずぼうそう)に罹る頻度は少ないですが、母体の肺炎や肝炎を引き起こして重症化することがあり、注意が必要です。
また、胎児へ胎内感染を起こし、その時期に応じて、先天性水痘症候群、乳児期帯状疱疹、周産期水痘と、それぞれ違った病状を呈します。
B型肝炎
B型肝炎ウイルス持続感染者でHBe抗原が陽性の妊婦では、95%以上の児が垂直感染し、約85%の児に持続感染が成立します。一方、HBe抗原が陰性の妊婦では、児への感染は30%以下で、さらに持続感染となるのはまれです。
感染するのはほとんど生まれるときですが、少数ですが胎内感染と考えられる例も存在します。育児中の母子感染は、次世代への感染率が高くB型肝炎ウィルス伝搬の重要な経路と考えられています。
C型肝炎
B型肝炎ウイルスと同様に母子感染が知られていますが、その自然史についての多くは不明です。これまでの報告での感染率は10%未満(4~7%)と低率で、C型肝炎ウィルスの量が多いほど感染する率が上がります。HCV-RNAが陰性であれば感染することはまれと考えてよいようです。児へ感染する時期は分娩のときと考えられていて、母乳での感染はないようです。
伝染性紅斑(りんご病)
パルボウイルスB19による感染症で伝染性紅斑とも呼ばれます。胎児に感染すると、赤芽球系細胞を破壊し強い貧血を起こし、胎児は胎児水腫という状態になってしまいます。妊娠20週までに感染した場合、その9~10%が胎児水腫や子宮内胎児死亡となります。
妊娠20週過ぎての感染では胎児水腫の心配はありません。妊娠中期に起きる胎児水腫や子宮内胎児死亡はこのウイルスの感染である可能性があります。胎児水腫は自然に治る例も報告されています。
成人T細胞白血病
HTLV-1は授乳または性交を通して感染します。感染後40~50年して成人T細胞白血病を起こしますので、問題になるのは授乳を通した母子感染です。地域によって差があり、沖縄県、鹿児島県、宮崎県、長崎県などが多く、日本海側にも多い地域があります。
母親がHTLV-1に感染していると、母乳哺育によって20%の確率で母子感染が起きます。
感染防止に、人工栄養、短期母乳哺育、加熱母乳、超音波処理、凍結母乳などが試されています。
HIV
HIVは、後天性免疫不全症候群(エイズ)を起こします。
ウイルスの感染経路は、
- ●HIV汚染血液およびその製剤の輸注
- ●HIV感染注射針、注射器を介するもの
- ●性行為(同性間、異性間)
- ●母子感染
があります。
子どもの感染者の85~90%は母子感染によるものです。子どもの感染者の予後はきわめて悪く、数年しか生きられません。先進国においてはジドブシン(AZT)の発売以後、母子感染の予防法が確立されつつあり、年々減少しています。
麻疹(はしか)
麻疹は感染力が強く、感受性のある人は100%近く発症し、ワクチン接種の行われていない地方では、生後2年までに大部分の子どもがかかります。ワクチンはきわめて有効で副反応も少ないのですが、年月がたつと抗体価が減少し感染が成立することがあります。
流行は春先です。合併症として肺炎を起こすことがあります。治療としてガンマグロブリン療法がありますが、その有効性は感染からの投与までの時期、薬剤の持つ抗体レベルに左右されます。
流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)
ムンプスウイルスは流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の原因で、主に耳下腺に感染しますが全身に障害を起こします。日本ではMMRワクチンが中止となって以来、再び増加傾向にあり、やっと制圧期の段階に入るところです。
3~4年の周期で大きな流行がみられ、ほぼ一年中みられますが特に冬から春にかけて多いようです。感染力は比較的強く、同居家族で97.4%、同一教室で89.5%に感染します。ウイルスは唾液腺で増殖します。治療は対症療法です。
インフルエンザ
インフルエンザは一般に11月頃から増加し、1~2月にピークを迎え、3月頃に終息します。最近、迅速な検査キットが開発されましたが、感染してすぐには検査が陰性のことがあります。治療は抗ウイルス薬が有効です。
シンメトレルはA型のみに有効で、催奇形性の点から妊娠中は使えません。また、授乳中も使用できません。リレンザ、タミフルは、早期に使用すれば極めて高い有効性があります。タミフルの妊娠中の使用は有益性が上回る場合に限定され、授乳中は使えません。
クラミジア
クラミジアは現在、最も発生頻度が高い性感染症で、とりわけ20歳代女性に多くさらに増加傾向にあります。多くは自覚症状がありません。妊娠への影響としては流早産が起こることがあり、新生児の結膜炎、肺炎の原因にもなります。
妊娠中は胎児への安全性を考慮し、妊娠16週を超えてからクラリスロマイシンで治療することが推奨されています。パートナーの同時治療も必須です。治療が的確であれば、ほぼ100%完治します
梅毒
梅毒は、梅毒トレポネーマの感染により引き起こされる性感染症です。ペニシリンをはじめ有効な薬剤があることや妊婦の初期検査として必須項目になっているため、早期に発見され十分な治療がなされていることが多く、羅患率は著しく減少しています。
母子感染は、梅毒トレポネーマの経胎盤感染が主です。梅毒が妊娠に与える影響としては流早産、胎内死亡、胎児発育遅延などがあります。出生児への影響としては、早発性と遅発性のものがあります。
B群溶血性連鎖球菌
B群溶血性連鎖球菌(GBS)は膣の常在菌の1つで、妊婦の10~20%は保菌しています。分娩時に新生児に感染し、その一部に新生児GBS感染症が起きます。初めは軽い呼吸障害、哺乳力低下などで発症しますが、その後急激に肺炎、髄膜炎、敗血症に進み、死亡率は25%ほどで、救命できても神経学的後遺症を残します。
感染の予防策として、妊娠中にGBS検査を行い、陽性者には分娩時に抗生物質を投与することで65%以上感染率を低下することができます。
淋菌
淋菌感染症は性感染症の中でクラミジアについで多い疾患です。近年わずかながら増加傾向にあります。性行為により感染し、まず子宮頸管炎となりますが、多くは無症状です。その後子宮内膜炎、卵管炎、骨盤腹膜炎と感染が拡大していき、不妊症や子宮外妊娠の原因となります。
妊娠・胎児への影響として、流早産、胎児発育遅延などがあります。新生児が産道で感染すると、生後2~4日に結膜炎を発症します。その特徴は多量の眼脂と結膜充血です。
トキソプラズマ
先天性トキソプラズマ症は、日本にはほとんど存在しないと思われていましたが、最近症例の報告が増加してきています。加熱処理の不十分な肉(馬刺、牛刺、鳥刺、レバ刺、鹿刺、レアステーキなど)、土や猫の糞から感染し、初感染した妊婦から胎内感染し、児に水頭症や脈絡網膜炎を起こします。
妊娠中の初感染の場合のみ母子感染の可能性が出現するので、感染時期が妊娠前であるか妊娠中であるかが、非常に重要となります。