さらに、有機溶剤には知覚異常や幻覚の発現作用もあるので、ラリっている最中に、色のついた曲線紋様の変化や自分の空想する情景が夢のように目の前に展開する幻覚(夢想症)などを経験することがあります。時には、仲間と校舎の屋上で吸引していて、空を飛べるような妄想をいだいて、次々と集団で転落死する事件もあったのです。13 図表15は私が経験した事例で、高等学校の保健体育の教科書に載ってお壁に着床して細胞分裂が進み臓器に分化していく妊娠の初期に飲酒した場合には、それほど大量の飲酒量でなくても、胎生期のアルコール曝露によって、①から③に例示するような中等度から高度の身体的・行動的・感情的・社会的機能障害を胎児に引き起こすことが知られております(図表13)。3.有機溶剤が心身に及ぼす影響 有機溶剤が心身に及ぼす影響は、シンナー等の有機溶剤を吸ってすぐ現われる「急性効果」と長期に吸っていると現われる「慢性効果」に分けられます。1)急性効果 急性効果としては、有機溶剤の中枢神経系に対する抑制作用によって、酩酊から麻酔に至る種々の段階の意識レベルの低下がもたらされます。いわゆるラリった状態となって、「幸せな気分になる、調子良く怖いものなし、フラフラ動きだしたくなる」などの発揚的、多幸的ないし易刺激的な酔いをもたらします。有機溶剤を強迫的に吸引する乱用者では、喉の乾きや空腹の感覚さえも麻痺して、急激に脱水症状や栄養失調を呈して緊急入院を要することもあるのです。また自動車の中など狭くて換気の悪い場所で吸っていて、酸欠状態となって呼吸麻痺を起こして死亡したり、タバコに火をつけて大火傷をすることもあります。2)慢性効果 10年近いシンナー乱用歴のある20代半ばの女性の手足です(図表14)。筋肉が萎縮したふくらはぎや母指球・子指球ののっぺりした状態、手袋状・靴下状の感覚麻痺・運動麻痺の発現が特徴の多発神経炎の事例です。
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