禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

禁煙動機の個別化指導

広島県医師会常任理事
医療法人社団 福原医院 院長
檜山 桂子

 令和2年6月より、広島県医師会禁煙推進委員会の副担当をしております呼吸器内科医です。当院の禁煙外来を訪れた患者さんには、まず禁煙をしようと決意した動機をもれなく聞いていますが、多くは「健康のため」と「節約のため」のようです。しかし私の初期成功例は違っていました。初めて禁煙させた喫煙者は、結婚前の夫です。お互い医学生のころ、一度も彼に禁煙するよう言った覚えはないのですが、タバコに火をつけるたびに非難の視線を向けていたらしく、ある時その視線に耐え切れなくなった彼は、「今日から禁煙します」と自ら宣言してしまいました。禁煙の動機は「視線が怖い」でした。2例目は研修医時代で、義父です。重喫煙者だった義父が全く吸わなくなっているのに気づいた時、その理由を聞いてみました。私は記憶になかったのですが、幼い息子がおじいちゃんのもとに行こうとした時、私が「そちらは煙たいから行っちゃ駄目」と制したらしいのです。禁煙動機は「孫に来てもらえない」でした。
 大学で、呼吸器内科を専攻して肺癌やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の遺伝子解析を始めてからの禁煙指導の動機づけは、「あなたの吸っている1本のタバコは、もしかしたら普通の人が吸う3本分かもしれない」でした。喫煙者全員が肺癌になるわけでもCOPDになるわけでもありません。遺伝子によって、タバコの煙への感受性が人より数倍高く、20本吸っても60本吸ったのと同等の影響が出る人がおり、そういう人が発症しやすいのです。呼吸器症状が出ているあなたの遺伝子は感受性が高い可能性があり、そうであれば、あなたの子どもや兄弟もその高い感受性遺伝子を持っている可能性が半分あります。たとえ感受性が高い遺伝子を持っていても、タバコを吸わなければ0本×3倍はやっぱり0で関係しないので、家族・親族みんなで禁煙しましょう、と。動機づけは、「その1本は3本分かも」でした。
 最近、GWAS(ゲノムワイド関連解析)の発展により、疾患感受性遺伝子が次々と同定されています。タバコ煙に含まれる発がん物質の代謝・不活化には、チトクロム P450(CYP)関連酵素やGSTが重要であることが知られており、CYP1A1/GSTM1 遺伝型の組み合わせで肺癌発生との関連が増大することが報告されています(Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention 9:3-28, 2000)。COPDに関連する遺伝子としては、α1アンチトリプシン以外にも、15番染色体のニコチン性アセチルコリン受容体サブユニット遺伝子CHRNA3/CHRNA5 の1塩基多型(SNP)の他、ニコチン依存、肺の分化・発育、肺および呼吸機能などと関連する遺伝子の多型が遺伝的素因として再確認されています(COPD診断と治療のためのガイドライン2018、日本呼吸器学会)。一方、計14万人以上を対象としたメタ解析では、1日当たりの喫煙本数と関連する3つの座位が同定されました(Nature Genetics 42:441-7,2010)。最も強い相関を示したのは、同じくCHRNA3 の1塩基多型(SNP)でした。10q25の2ヵ所の SNPs と9q13に存在する遺伝子EGLN2 内のSNPも関連していました。さらに喫煙開始には、11番染色体に存在する遺伝子BDNF内のSNPが、禁煙には、9番染色体に存在する遺伝子DBH近傍のSNPが関連していました。1,049人を対象とした別の研究では、CHRNA5 の多型が女性の禁煙成功と関連していたそうです(BMC Medical Genetics 19:55,2018)。
 親がタバコを吸うのを見て育った子どもは喫煙者になりやすく、親が禁煙すれば子どもも禁煙しやすい、というのは環境要因だけではなく、ゲノムに刷り込まれた呪縛の可能性もあるようです。禁煙指導にも、「あなたの吸う1本は○本分、禁煙しなかった場合の発病リスクは○%、禁煙成功率○%だから心して取り組みましょう」と喫煙関連遺伝子パネル検査に基づいた個別化禁煙指導が必要な時代が来るかもしれません。

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