禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

次世代の子どもたちのために

広島県医師会 副会長/呉市医師会 会長
玉木 正治

 今年度から禁煙推進委員会に加えさせていただきました呉市医師会の玉木です。
 「禁煙コーナー」掲載の依頼がありましたが、今までの投稿では委員の先生方の禁煙に対する並々ならぬ強い意識が感じられます。
 喫煙に対する自分自身の率直な思いを書いていこうと考えました。
 人生60年弱を生きてきましたが、私が10代の頃の日本はそこら中で主に男性の喫煙風景が当たり前のように見受けられました。電車やバスの中には灰皿がありましたし、飛行機内も各シートに灰皿が設置されていました。テレビや映画でも出演者は当たり前のようにタバコを吸い、現在見る機会がある昭和時代の映画の中では画面が白く煙るほどタバコの煙が画面に映るシーンも珍しくなく、こういう時代もあったのだなと思い返します。喫煙の身体に及ぼす影響についてはその当時から誰もが認識していましたが、昭和の終わり頃から禁煙活動が始まったような気がします。私は昭和の最後の時期に安佐市民病院で研修医をしていましたが、当時の岩森茂院長は医師に対し厳しく喫煙を禁止されていました。その方向性は理解できましたが、病院自体が公的な医療機関であったためか医師以外の医療従事者(看護師、検査技師、薬剤師、事務局など)は職場内で平気で喫煙していました。
 時代は平成に入り、次第に社会的に喫煙の害と共に副流煙の危険性について声高に叫ばれるようになりました。公共施設や公共交通機関、教育機関から順次喫煙環境が消えていき、2020年にオリンピックが開催される首都圏東京での喫煙環境の一掃が来日する外国人に対する礼儀であると「より強い姿勢」での禁煙環境の構築が始まったところでしたが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期され、現在も開催の是非が検討されているところです。
 2015年に呉市医師会講演会で産業医大の公衆衛生関係で禁煙活動をされている大和浩教授の講演を企画しました。講演会は夜に開催されたのですが、大和先生は夕方には呉市医師会にこっそり来られて医師会館周辺や医師会病院の喫煙環境状況を調べられていました。恥ずかしながら当時の医師会館前の屋外に灰皿が設置されており、病院の敷地外にも患者用の灰皿がありました。講演の中で先生は、新幹線や飲食店などでの分煙環境の中でも副流煙は確実に非喫煙者の空間に流出し影響を与えることをデータを持って示されました。
 講演会の後の懇親会で改めて先生の禁煙対策の重要性の話を聞いて、当時の執行部一同は禁煙に対する認識を新たにしました。医師会内の喫煙環境を一掃したことは言うまでもありません。
 現在の日本では喫煙者にとって確実に生きにくい世の中になっている事は間違いないと思われます。しかしながら麻薬や銃のように法的に禁止されているわけではないので、ゼロにするのは不可能です。従って喫煙者にとっての喫煙環境を確実に狭めていくことしかないように感じています。広島県医師会禁煙推進委員会の先生方から見ると生ぬるい考えかもしれませんが、少しずつでも日本から喫煙環境を無くしていくことがタバコの害を減らし、次世代の子どもたちにとって喫煙という行為が遠い存在である環境を地道に構築していくことが大事ではないでしょうか?

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