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知っておきたい薬物の乱用・依存に関する基礎知識

目次

解説 III.薬物依存への理解を一層深めるために

1.薬物依存の形成過程(図表3)

 薬物を初めて使用して、なんの効果もなかったり、かえって激しい頭痛などの苦痛を伴う副作用を強く経験すると、普通はその薬物をさらに使用したいとは思わないものです。ところが、薬物を使用して、身体の芯からうずくような「快体験」や、これまで感じたこともない満足感をもたらしたり(正の強化効果)、これまで悩みに思っていた不安や苦痛からすっと解放してくれたり(負の強化効果)、あるいは現実世界からトリップして、幻覚の世界へと精神を展開させてくれるというような経験を持つと、ヒトはその薬物をまた経験したいと思い、薬物を求める(薬物探索行動)ことになります。このように、薬物の乱用者は薬物がもたらす<正の強化効果>や<負の強化効果>を求めて、薬物の使用を繰り返すことになります。薬物依存の形成に関する基本的概念を示したのが図表3です。

薬物依存の形成過程

 薬物を反復使用していると、その効果が徐々に減弱し、初期の効果を期待するためには、1回の使用量や使用回数を増やす必要があります。この現象を<耐性>といいます。後に述べる「身体依存」には必ず耐性を伴いますが、耐性を生ずる薬物がすべて依存を形成するとは限りません。依存の第一段階は<精神依存>とよばれる内側のサイクルから始まります。依存は悪循環で、連用するにつれて薬物に対する欲求(渇望感)は激しくなり、<強迫的な使用>へと拍車がかけられていくのです。薬物の種類や条件によっては精神依存のサイクルに留まりますが、中枢神経系に対して抑制的な作用を有する薬物では、さらに<身体依存>の悪循環に入ることがあります。この場合、連用中の薬物を中断すると、連用していた薬物に特有な<禁断症状>とよばれる身体的・精神的な異常症状が出現します。この禁断症状は連用していた薬物、あるいはそれと類似の作用を有する薬物を使用するとピタリとおさまるので、薬物依存者は禁断症状がもたらす苦痛を回避しようとして、更に薬物の使用を続けるため、自力で薬物の使用を断ち切り、薬物依存から脱却することはなかなか困難となります。禁断症状と同様の症状は薬物を完全に禁断しなくても、薬物の血中濃度が急速に減少した時にもみられるので、<離脱症状>あるいは<退薬症状>とも呼ばれます。
 薬物依存とは、このように<薬物の使用とその効果追求に対して過剰に動機づけられた状態>といえます。薬物依存の状態においては、自らの健康はもとより、家庭生活、職業生活などは放置され、薬物を使用することだけが≪生活の中心事≫となることも、しばしば見られるのです。

2.薬物依存の生物学的理解

 中枢神経系は機能的に上位の方から、<大脳皮質系><大脳辺縁系><脳幹-脊髄系>3層に区分されます。大脳皮質系は新皮質、大脳基底核、視床からなり、「うまく」、「よく」生きるように、適応行動や創造活動を司っています。大脳辺縁系は海馬、扁桃核、視床下部などからなり、「たくましく」生きるように、本能行動や情動行動を司っています。また、脳幹−脊髄系は脳幹、脊髄からなり、「生きている姿」をささえる呼吸、睡眠、排尿、排便などの反射、調節を司っています。
 さて、「摂食行動」や「性行動」などの<本能行動>は、動物にとってその自己保存や種族保存に重要です。ところが、食物を摂取している場面、性の伴侶を得て雄が雌にマウントしている場面は、スキがあって外敵に襲われる危険が強いものであり、動物は本来、このような危険には、身をさらさないのが常なのです。ところが、本能行動が発現するために、身体には次のような仕組みが備わっているのです。すなわち、例えば血糖値が低下し、木の実が落ちる秋になると、森のリスの運動量は急激に増加します。動き回っているうちに、落ちているドングリに巡り合い、摂食行動が発現します。体内の性ホルモン量が高まり、性の伴侶が目の前に現われれば、他の雄と格闘してでも手に入れて、交尾が成立するのです。自然界ではこのようにして汗水流して本能行動が完了すると、<大脳辺縁系にある報酬系>が刺激され、非常な快感を伴うのです。一度、本能行動に伴う「快感」を味わうと、次には多少の危険を冒してでも、一層容易に本能行動の衝動が引き起こされ、次々と、この回路は強化されていくのです。
 このように本能行動の発現を引き出す快感をもたらす身体内の仕組みは、薬物乱用においても働くのです。汗水を流す努力もなく、覚せい剤やコカインを静脈内に注射すると、同じ報酬系によって、非常に短絡的に同様の快感がもたらされます。依存形成物質はこの報酬糸に対して、直接ないし間接的に作用するため、安直に快感をもたらすためにはまり込んでいき、薬物依存の状態が成立していくと考えればよいと思われます。

3.薬物への"とらわれ"の心理的解釈(図表4)

薬物への

 普通の大人の人間関係は「私」と「あなた」という11の二者関係であり、これを合わせて「2.0の関係」としますと、その特徴は<一方が王様で、他方が奴隷>というような関係ではなく、相互に依存する関係であって、主に言葉によってコミュニケーションを図っているのです。
 ところが、ここに女の子がいて、母親の留守に「○○ちゃん、お腹すいたでしょう、すぐママがご飯を作ってあげるからね」とお人形ごっこをしている女の子と人形の関係を見てみましょう。あるいは、ファミコンゲームに凝っている中学生とファミコンとの関係を見てみましょう。「人形」や「ファミコン」は本来、人格ゼロの品物であるけれども、淋しさを紛らしてくれる<0.5くらいの対象>にはなっていると考えられます。「私」の1と、この対象の0.5を合わせて「1.5の関係」とします。この「1.5の関係」は「2.0の関係」と比較して、以下の特徴をもっております。すなわち、(1)「私」を中心とした一方向の関係であること、(2)常に、変わらない効果を与えてくれること、(3)人間的な配慮が一切不要であること、の3点です。「1.5の関係」に人間的な配慮がいらないのは、母親が帰ってくれば、女の子は今まで熱中していたお人形を放り出して、「お母さん、おみやげ」と母親にすがりつくことや、中学生がファミコンゲームに熱中していても、飽きてしまえばスイッチを切ってしまうことで、理解できるでしょう。
 「1.5の関係」は言うなれば、依存的関係であり、「私」はスーパーマンになった気分となり、「全能感」や<自己愛の充足>を感じるため、このような関係には夢中となって、はまり込んでいきます。夏休み期間中、夜間寝ないでファミコンゲームに凝っていた中学生が夏休みが終わっても、朝起きられず、学校をサボってファミコンゲームをやりだすと、これは単なる遊びではなく、「ファミコン狂」となっているのです。「遊び」というのは「遊び」と「現実の生活」との切り返しが可能な場合に言えるのです。
 「1.5の関係」において、「0.5の対象」のところに「シンナー等の薬物」を当てはめてみると、薬物依存者と薬物との関係がよく理解出来ると思います。最初は「シンナー遊び」であったものが、「シンナー狂」、すなわちシンナー依存者になってしまう。乱用者、依存者にとって、薬物は「0.5の対象」であり、面倒な人間的配慮なしに、自分が求める時に薬物を体内に入れさえすれば、非常に安直に自分の求める効果が期待通りに得られる。孤独感から解放され、心が慰められ、自分本位の時間を過ごすことが可能となるのです。薬物依存の状態では、この一時的な「遊び」の世界に没頭してしまい、現実の世界に立ち戻るための<セルフ・コントロールの能力>が衰えてしまっていると考えられます。
 薬物依存の生活を続けていると、何かやろうとする意欲がそがれたり、自分の思い通りにならないと直ぐにイライラしたり怒りっぽくなったりと、<性格変化>が出てまいります。薬物乱用が小学生時代から始まると、時には<人格形成不全>と言う状態になってしまいます。このような状態では、普通の人間関係が取れなくなり、孤独に悩み、一層薬物依存症からの回復が難しい状態になるのです。


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