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こころの救急 -不安・興奮・錯乱-

目次

III 様子がおかしいとき

1)意識の障害

意識の障害というと、眠ったような状態や反応の鈍い状態を思い浮かべます。ところが、そ ういった単純な意識障害とは別に、話す内容や行動がおかしいといった形で現れる意識障害もあります。これを意識変容状態といいます。古くから、「熱に浮か されて、おかしなことを言う」などと表現された状態がこれに当たります。
代表的な例を以下に挙げますが、いずれも早期に適切な診断・治療がなされないと生命にも危険がありますから、注意が必要です。
a)脳炎・髄膜炎
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“興奮状態を呈した”単純へルペス脳炎患者のMRI ウイルスにより、脳の一部(側頭葉)がおかされている
代表的なものは、単純へルペスウイルスによる脳炎です。一般には、発熱など感冒のような症状 に引き続いて、感情が不安定になって興奮したり、意味のない行動をしたりして、一見精神病のような症状を呈することがあります。従来は生命の危険の大きい 重篤な疾患でしたが、最近では早期に抗ウイルス剤を使用すれば治癒するケースも多く、早期発見・早期治療が重要です。
b)慢性硬膜下血腫
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“急にだらしなくなった”慢性硬膜下血腫患者の CT
血液のかたまりによって脳が圧迫されている
頭部に外傷を受けて、2~3ヶ月後に脳を保護する膜と脳実質の間に血液がたまり、脳を圧迫し て精神症状を起こすことがあります。外傷自体は、記憶にないほど軽いものの場合も少なくありません。これは慢性硬膜下血腫といわれ、お年寄りや大酒家によ くみられます。この場合も、“急にぼけたような”あるいは“行動がおかしい”といった症状が出現します。早期に発見されれば、比較的簡単な手術で治癒しま す。
C)身体疾患に伴う精神症状
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““迷子になって発見された”肝硬変患者の脳波
脳の活動が鈍く、不規則になっている
身体的な病気に伴って、精神症状が発現することがあります。これは症状性精神障害といわれ、ホルモンの病気、肝臓の病気などによるものが代表的です。
手術後や ICU での治療中に、急に不眠・興奮・幻覚などの症状が出現することもあります。希には、身体症状より先に精神症状が出現することもありますので、注意が必要です。


d)てんかん発作

てんかん発作というと、“ひきつけ”と呼ばれる全身けいれん発作を思い浮かべます。しかし、 てんかんの発作型にはさまざまのものがあり、“突然ボーとして妙な行動をする”精神運動発作もよくみられます。てんかん発作は、1回だけであればあわてる 必要はありません。けがに注意して、発作が終了するまで冷静に見守り、その詳しい様子を主治医に報告してください。それが、以後の適切な治療に直結しま す。発作が短い時間に連続して起こる場合(重積状態)は救急処置が必要ですから、病院または119番に連絡してください。


けいれん発作重積状態

けいれんが30分以上継続するか、あるいは一度けいれんが停止しても意識が回復するまでに次のけいれんが生じ、30分以上が経過する状態。

2)特殊な脳卒中

脳梗塞や脳出血によって、突然に言葉が話せなくなったり(運動性失語)、相手の言葉が理解で きなくなったり(感覚性失語)することがあります。お年寄りが、突然におかしなことを言い出したときは要注意です。障害を受ける場所によっては、左右が分 からなくなり、読み書き・計算が出来なくなる(ゲルストマン症候群)こともあります。この場合、脳卒中に対する早期治療が必要なことは言うまでもありませ ん。


3)中毒性精神障害

代表的なものは、アルコールに関連したものと覚醒剤やシンナーによるものとがあります。精神科の「堅い救急」で対応する頻度としては、精神分裂病に次いで多いものです。

a)アルコール関連障害

酩酊中の暴力や迷惑行為、アルコールによる幻覚・妄想状態および振戦せん妄が問題となりま す。この内で特に救急の要素が強いのは、振戦せん妄です。これは、慢性アルコール中毒の患者が何らかの理由で断酒あるいは節酒したときに起こる、心身とも に重篤な状態です。断酒あるいは節酒後、数時間から数日後に起こり、まず粗大な振戦(ふるえ)・発汗・動悸・発熱が出現します。それとともにイライラして 眠れなくなり、虫やネズミなどの小動物が見える幻覚があらわれ、激しい興奮状態を呈することもあります。早めに治療しないと、後遺症としてボケを残した り、合併症で死に至ることもあります。

b)覚醒剤・シンナー中毒

覚醒剤中毒者の精神症状は、幻覚・妄想と興奮が主体です。一度覚醒剤中毒に陥ると、ストレス やカフェインなど覚醒剤以外のものが精神症状を誘発すること(フラッシュバック現象)もあります。もちろん覚醒剤の使用は違法行為ですから、警察との連携 プレーによる保護・治療が必要です。
シンナー中毒も慢性の場合、幻覚・妄想と不安・興奮が主体ですが、急性中毒のため、もうろう状態で発見されることもよくあります。中毒症状が長引くと脳 に萎縮を来す場合もあり、早急に適切な身体管理と解毒が必要です。シンナー中毒者は未成年の場合が多く、保護者や教師との連携も重要となります。


4)精神分裂病

こころの救急の内で、患者さんに病気の自覚がなく、周囲が言動がおかしいと感じ、急いで精神 科受診が必要とされるケースは、「堅い救急」と呼ばれます。「堅い救急」の対象として最も頻度が高いのが、精神分裂病です。精神分裂病は、約100人に1 人の割合で発症し、多くは慢性に経過します。被害妄想のため、“殺される”、“警察に捕まる”と訴え、自分の考えや行動が周囲に筒抜けになっていると感じ るため、“盗聴器がしかけられている”、“仕組まれている”などと主張することもよくあります。また幻覚症状は、ほとんどの場合幻聴の形をとり、聞こえて くる内容に命令されて行動することもあります。

精神分裂病でよくみられる異常体験

・自分の行動を命令したり、干渉したりする声が聞こえる。(幻聴)
・話しかけと答の形の声が聞こえる。(幻聴)
・テレビで自分のことを言う。(関係妄想)
・誰かに仕組まれて犯人にされる。盗聴器が仕掛けられている。(被害妄想)
・カメラで監視される。つけられている。(注察妄想)
・自分の考えが筒抜けになる。(思考伝播)
・電波をかけて、誰かが自分をあやつる。(作為体験)
・何かただならぬことが起こっているに違いないと感じる。(妄想気分)

 

精神分裂病で救急の対象となるのは、幻覚や妄想に支配されて興奮・緊張が激しく、自分を傷つ けたり、他人に危害を加える可能性の高い場合です。このようなときには、後に述べる精神保健法の手続きに従って治療を進めることになります。患者さんは、 興奮状態にあっても、こころの奥底では自分自身を持て余し、助けを求めています。周囲の態度・姿勢としては、幻覚や妄想の内容は大きく取りあげず、精神的 あるいは肉体的疲れを指摘し、ひたすら安静と休養を勧めることが適切です。抗精神病薬による治療が開始されれば、多くの場合急性期の症状は、週単位、月単 位で回復に向かっていきます。
なお、精神分裂病は、必ずしも急性の経過をとるものではありません。嵐のような症状にも、ほとんどの場合なんらかのまえぶれがあるものです。病状の変化に早めに気づき、救急対応が必要な程の激しい症状を未然に防ぐことも大切です。


5)うつ病

うつ病で救急対応が必要となるのは、ほとんど自殺を図った場合です。詳細は後の章で述べますが、自殺の約半数はうつ病によるものと考えられています。特に高齢者のうつ病では自殺を図る頻度が高く、しかも確実に死にいたる方法を選ぶことが多いので注意が必要です。


6)生活史健忘

強いストレスによって、突然に自分の名前や住所さらには生活史までも忘れてしまうことがあります。これは生活史健忘といわれ、ヒステリー性のものと考えられています。応急的な治療法としては、薬物を用いた麻酔面接によってカタルシスを促す方法などが用いられます。


7)老年期痴呆
アルツハイマー病や脳血管性痴呆の患者さんも、こころの救急の対象となることがあります。そ れは、多くの場合、せん妄状態を呈したときです。せん妄は、夜間眠らず徘徊したり、変なものが見えると興奮したりといった問題行動を伴う意識の障害です。 これは、痴呆のような脳の機能が低下した状態に、環境変化などのストレスが加わって起こります。幻覚・興奮を抑制する薬物(ドパミン遮断薬)を使用すると ともに、適切な環境調節も必要です。


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