健康情報

土生玄碩(げんせき)と白内障

 土生玄碩は江戸時代後期、安芸国の吉田(現安芸高田市吉田町)で生まれました。当時、漢方医学が主流を占めるなか、西洋医学の実証的医療を研さんしました。特筆すべきは、日本で初めて眼球の解剖を行い、穿瞳術(せんどうじゅつ)(水晶体を眼底に落下させる方法)による白内障手術をしたことです。晩年、医学の発展にわが身を犠牲にし、この手術を容易にする散瞳(さんどう)薬の教えを受ける代わりに、国禁である将軍の紋服をオランダ商館医師シーボルトに献上した罪に連座します。有名なシーボルト事件です。
 白内障になると、虹彩(俗にちゃめ)の後ろの透明な水晶体(レンズ)が混濁して、かすみ目や視力低下の症状が起こります。外傷、糖尿病網膜症、アトピーなどでも起きますが、ほとんどは老化現象によるものです。
 日本で年間140万件以上行われている白内障手術は今日、安全で確実な開眼手術の一つです。視力低下の原因はいろいろありますから、40歳を過ぎたら、一度は眼科専門医で検査をされることをお勧めします。

(広島県医師会・児玉良雄) 2018年02月24日(土)


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