禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

東京都包括受動喫煙防止法案の制定を速やかに実現すること(その18)(最終章)

広島市立安佐市民病院
名誉院長 岩森 茂

 喫煙室不要論つづき...すでに諸外国の受動喫煙防止法のほとんどを引用し、その主な国を拾い上げて図示しているが((535)東京都包括受動喫煙防止法案の制定を速やかに実現すること(その10)に掲載)、あまりにも貧弱な日本の現状に唖然とするであろう。その最大の理由は日本を一匹狼の国に押し出したJTの Taskforce に操られる厚生官僚の腰の軽さに他ならない(注:東京都開業医宮本順伯氏著書「一匹狼の国」の中より引用)。宮本氏の日本のスモークフリーに関する執念の厳しさにはただただ頭が下がるばかりである。われわれもスモークフリーのブルーバッチを作り、地元広島を中心にスモークフリーの共鳴者とアドバイザーを集めているが、中国の古典に載る荘子の「多くを望むむなしさ」を最近つくづく感じている。東京五輪を機会にきれいな空気、空のもとで、日本の五輪が開催される日が必ず来ることを真摯に望んで、私は広島県医師会速報の場を借りて訴え続けてきている。また、文献や著書その他からいろいろと知恵もいただいてきた。ところが中だるみであろうか?また次々とテーマの追加などが加わって、私の机上は反古紙の山となっている。この辺りで中休みでもしないとテーマの荒削りが起きそうな気がしてきた。現在「喫煙室不要論」が進行中であるが、その合間にも頭の中には分煙という私の最も嫌いな言葉が行ききして、筆が止まってしまう。ここらで一度一休みさせていただいて、「分煙」JTが錦の御旗のごとく使うその源を探ってみたい。これは民間の禁煙運動家渡辺文学氏がなんとなく使った私用語である。これは詳しくは知らないが、彼自身の発言によるとカナダ旅行中(もちろん禁煙の実情を知るため)、カナダから帰ってただ何となく喫煙者と禁煙者を分ければよいな!!と考え使った言葉であり、彼の話によるとこのように有名な言葉になるとは思いもしなかったと述懐しておられる。ところが皮肉なもので、最も忌み嫌うべきJTがこの言葉をしめしめとばかり使い流行語化してしまった。そしてたばこを吸う人も、吸わない人も心地よい環境でとなり、マスコミを陽動してか多方面に利用されるようになった。私は「英訳にないよ!!」と強がっているが、何と和訳書の中にも「分煙とはタバコの煙のひろがりを少しでも防ぐため、喫煙の場所や時間を区分けすることと、広辞苑第5版(1999年発行)」に堂々と一区画を有していることを知ったのである。ただし英訳がいまだないためか、昭和42年旺文社シニア和英辞典には載っていなかった。分煙訴訟も国内でいろいろおこされており、そのすべてが分煙希望者にとっては当然の判決となっているようだ。一例をあげると、東京都内某社に試用期間中の男性、社長の喫煙で動悸、咳、不眠などの受動喫煙被害にあい、分煙を求めたら解雇された。解雇は不当だと訴えた裁判で東京地裁は男性の訴えを認め、解雇無効の判決を言い渡した。日本禁煙学会は2012年10月16日厚生労働大臣にその事例を周知し、同様のトラブル防止に協力するよう求めた。今回はちょっと怪我もしたので、閑話休題のような話題を挿入させていただいた。

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