禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

ナイチンゲールと喫煙問題

広島市立安佐市民病院
名誉院長 岩森 茂

 これは渡辺文学氏の主宰する「禁煙ジャーナル」の同人の一人である氷鉋健一郎氏が、ナイチンゲールはたばこを吸っていたかどうか?という疑問のメールが寄せられていることに応えるつもりで書いている。私は看護学生に折に触れて禁煙教育を続けてきた過去(現在)があり、当然のことながら看護の祖ナイチンゲールについても多少の文献を読んできた経験がある。氷鉋氏は「クリミヤの天使」(註:ナイチンゲールは従軍看護婦であった)といわれたイギリスの看護婦フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910)がたばこを扱っていたかどうかを追求した中で、次のような史実を発見している。
 それはクリミヤの野戦病院の話。当時の野戦病院は設備や医療状態も悪く、いかに献身的な看護をしても兵士の苦しみを癒すことができなかったが、一人の兵士が取り寄せたたばこを吸い始めたところ、とたんに病房内に平穏な静けさが漂い始めた。その光景を目にしたナイチンゲールは思わず感涙にふけったという。そしてたばこが傷ついた兵士たちに安らぎを与える効果のあることを実感したのであった。もちろん死と隣り合わせの当時の野戦病院であり、わが国においても戦いに臨む兵士や重傷の中にあって恩賜のたばこに火をつけて心身の痛みを忘れようとした史実もあり、従軍看護婦がこれを看過していたことは容易に想像できる。したがってナイチンゲールが黙視したことをもって喫煙賛成派と決め付けることはできない。
 私はナイチンゲールを禁煙論者として、夙に認めている者であるが、彼女の名著『看護覚え書』の中に「たばこ」という言葉は出てこない。現代病院管理学の中では当然となっている病院のサニテーション(衛生管理)の中には、院内にほこりを飛び交わさせない(Dust free)環境の維持は当然となっているが、興味を惹く史実がある。すなわち私は絵を見た記憶もあるが、ナイチンゲールは埃、悪臭に満ちた院内環境を窓を開けて換気、部屋を適温に保ち、陽光による室内空気の浄化を怠らない、カーテン、テーブル、患者の身体の清潔を保つなどの対策により、病院感染を防ぐべきであると強調した史実がある。
 ここでどうしても紹介しておきたい「ナイチンゲールの誓詞」についてである。看護師の卵たちが戴帽式において必ず誓う言葉であるが、その中に「われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし...」という文言がある。私は看護学生に対しこの言葉を引用し、特に看護師はみずから禁煙すること、同僚、患者にたばこを吸わせないことなど、厳しくたばこ害を認め、禁煙を守ることを教えている。看護学生はこの誓詞が1893年アメリカの看護学校のグループによって作成されたものであることを知らないが、この誓詞もまた、ナイチンゲールが嫌煙家であった間接的史実として私は引用している。ついでに注釈を略すが、アメリカの看護学雑誌表紙になった「ナースは喫煙法度」というイラストを添付しておく。

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