禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

慢性尼古質涅中毒

広島県医師会禁煙推進委員会委員長
日本赤十字広島看護大学
教授 川根 博司

 まず最初にお断りしておくが、表題はワープロの変換ミスではない。明治14年出版の『内科要略』に出ていたものだが、何と読むかお分かりだろうか。「尼古質涅」は「ニコチネ」であり、慢性ニコチン中毒、今ならニコチン依存症を意味している。この書物に、慢性動脈内膜炎(動脈硬結や糜粥変成)は慢性尼古質涅中毒に関係があると述べられていた。もちろんそれだけではなく、酒客、痛風、慢性鉛毒、慢性腎臓病なども挙げられていたものの、その当時(1881年)から、粥状動脈硬化の危険因子として喫煙が指摘されていたのは驚きだ。
 昨年、私はこの『禁煙コーナー』(2011年8月25日)に、明治時代の資料を元に「看護者は勤務中喫煙すべからず」と題するエッセイを書いた。また、温故知新というほど大げさなことではないが、明治・大正期の看護教科書に見られる喫煙/禁煙の記述について調べ、学会発表を行ってきた。そして、現在は明治期の医学書を中心に調査しているところであり、前述の慢性尼古質涅中毒はその過程で見つけたものである。以下、その他の喫煙/禁煙に関する記述について2、3紹介してみたい。
 後に陸軍軍医総監となる森林太郎(森鴎外)は、軍医学校長として明治29年(1896年)に『衛生学教科書』を定めている。その中の「食品及嗜品」の項に「烟草」があり、タバコについて説明されていた。興味深いのは、「烟草」の次に「鴉片烟」が入れてあることである。アヘンは正しい意味において嗜品ではないがと断りつつ、台湾が日本の拓殖の境になったので今後問題になると指摘して、アヘンの吸飲に関する事柄を詳述している。これが間違って引用されたのかもしれないが、大正12年(1923年)発行の『看護学教科書』では、嗜好品の品目に「酒精飲料、煙草、コーヒー、茶、阿片、清涼飲料等」としてアヘンが含まれていた。本当に当時アヘンが嗜好品とされていたのならば、びっくり仰天である。
 大正時代の嗜好品といえば、陸軍省検閲済『看護長候補者用 軍隊衛生教程』が別の意味でも面白い。大正5年(1916年)の発行であるが、巻頭に森林太郎の名前があり、陸軍省医務局長の肩書きの下に医学博士・文学博士と載っていた。森鴎外はもちろん作家として著名人であるが、一部の人々の間では、脚気の原因論争、出世の画策、男の嫉妬問題などで悪名が高い。衛生学書への文学博士の標榜で、彼の一面を垣間見たような気がした。それはさておき、嗜好品中「酒(アルコホルを含む飲料)、茶、コーヒー、煙草等は精神を興奮して疲労に耐えさせ、蕃椒、芥子、生姜等は消化を助ける効果があるが、いずれもその量を過ごすと大害あるものなり」と記述されていたが、アヘンは嗜好品には入れられていなかった。
 ところで最後にタバコの話題からそれるが、陸軍における看護長というのは、『乙種看護教程』(大正3年)の中に出ている軍医総監以下階級表によれば、上等看護長、一等看護長、二等看護長、三等看護長があり、それぞれ特務曹長、曹長、軍曹、伍長に相当したそうだ。軍医は少なくとも少尉つまり士官(将校)となることはよく知られているが、薬剤官(薬剤師)も士官であったことを知った。一方、海軍の方では、看護長(兵曹長相当官)は士官に入れられており、看護師(上等兵曹相当官)が准士官とされていたようである。
 看護師という言葉は、看護婦・看護士の区別をなくした2002年から新しく用いられるようになった(平成14年3月1日、法律の改正で男女問わず「看護師」という名称に変更統一された)とばかり思っていたが、すでに今から100年近く前に違った意味で使用されていたのは新たな発見であった。ちなみに、海軍看護師の下には一等~三等看護手、一等~五等看護という8つの階級が存在したことを付記しておく。

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