禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

たばこをくわえて逝った名優 二谷英明氏

広島市立安佐市民病院
名誉院長 岩森 茂

 この題名はゴッホの「火のついた煙草をくわえた骸骨」を連想するような言葉であるが、まさにそのとおり、81才で亡くなった氏の葬儀場(増上寺)に掲げられた遺影は、現役時代に最もよく似合った悠然としてたばこをくわえている写真であった。私から見れば氏の死は哀惜極まりないものがあるが、残念ながら、このポーズがとてもよく似合うナイスガイでもある。
 1930年生まれで、石原裕次郎、宍戸錠、小林旭らとともに日活のアクション路線全盛時、氏はこの方面のジャンルには欠かせない存在の名優で、特にテレビで長期放映された「特捜最前線」の主役を務めていたことは記憶しておられる方々も多いであろう。1979年、刑事役で北海道ロケの最中に、スキーで頚椎骨折をするという重傷を負ったものの、4ヵ月後には現場に復帰している。その後、このシリーズは実にのべ509回のロングランとなった。氏は1964年、女優 白川由美と結婚、一女をもうけており、愛娘は二谷友里恵氏で、現在企業家として活躍しておられる。氏は1990年ごろより積極的にボランティア活動に参加したり、日本映画俳優協会理事長の要職も兼ねていた。
 ところが、氏は喫煙が大きな原因とされている、またヘビースモーカーの宿命として心筋梗塞にかかり、相次いで2003年には脳梗塞を発症し、以後は高級老人ホームに入居した。夫人とともに静養に努めていたが、たばこを手から離すことはなかったと聞く。喫煙習慣は、夫人、娘さんの消極的な黙認であったようだ。2009年にはCMにも出演されているが、友人の誰かが禁煙を勧めても、現役時代の別名「ダンプガイ」の愛称のあった氏は、かたくなにたばこを吸っていたと思われる。2011年春、精査のため某大学病院に入院したが、体調は思わしくなく、翌年1月7日には肺炎を併発し、81才にて鬼籍に入られた。氏の死後、小林旭、宍戸錠、吉永小百合、松原智恵子など、そうそうたる人々のコメントが寄せられたようであるが、その内容は知らない。葬儀の圧巻は氏を「東京のお父さん」として慕っていた歌手 長渕剛が、友人代表として涙ながらに「12色のクレパス」を熱唱したのは感動的であったと思われる。氏の愛したたばこは遺影の中にも生き生きと写っており、たばこはお棺の中に入れられて天国へお供をしたようだ。喫煙が循環器系疾患(心筋梗塞、脳梗塞)の原因となること、また肺機能障害も加わっていただろうと考える時、氏はその一生をたばこ病に捧げたということになる。参列者の中には氏が身をもって示したたばこ害の教訓を心に銘じ、禁煙を誓った人もいるのではなかろうか?
 私は本文を惜しむべしダンプガイ 二谷英明氏に捧げるものである。

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