禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

キセル

広島県医師会禁煙推進委員会
島筒 志郎

 コロンブスのアメリカ大陸発見は功罪相なかばすると以前書いたことがある。罪とはもちろんタバコと梅毒である。
 しかし、コロンブスを弁護するならば、梅毒は論外。タバコにしても、彼は胡椒やスパイスを求めていたのであって、葉っぱには関心はなく、実際にタバコを持ち帰ったのはコロンブス第二次航海時の神父パネとの説もある。
 いずれにしても、当初タバコは嗜好品としてではなく、観賞用、医療用とされた。確かにタバコの花を見れば美しいとも言える。
 タバコの日本伝来には諸説あるが、1601年フランシスコ会の修道士により、徳川家康にタバコの種子が献上されたという。薬好きであった家康は、医療品としてタバコに興味を示したらしい。
 しかし、当時すでに、貝原益軒はタバコの害を警告している。一部抜粋である。「烟草は性毒あり」「病をなす事あり」「習えばくせになり、むさぼりて後には止めがたし」「初よりふくまざるにしかず」現在の禁煙推進医、顔負けである。
 結局、嗜好品として爆発的に庶民の間に広がったタバコは、その吸い方において日本独特の形が普及していった。それが、かの「キセル」である。
 粗く刻まれた葉タバコが日本では、髪の毛ほどの細さ、いわゆる「細刻みタバコ」が作り出され、それに伴って、火皿も日本特有の小さな形となり、吸い口や雁首にもファッション性が施された。とてもアクセサリー度の高いキセルが今も残っている。
 子どものころ、隣のじいさんがこげ茶色に詰まったキセルの吸い口をはずして、こよりで掃除していた光景を思い出す。現在にまで、タバコにキセルという習慣が続けられていればフィルター付きなど比べようもなく、ニコチンやタールの毒性から人々はどれだけ守られたかと思ってみる。
 そう言えば、学生のころ、どこかの大学の寄生虫学の先生で、マドロスパイプで紫煙をくゆらしながら講義する、とてもカッコいい人がいた。私はそれを見て、ただちに巷に走り、マドロスパイプと刻みタバコを求めた。しかし、タバコの火皿への詰め方が悪いらしく、火がすぐに消えてしまう。
 その講義がどんな内容だったかまったく憶えていないが、次の講義の終了間際、「質問は?」と聞かれ、「あのー、火が消えないタバコの詰め方のコツは?」と私。当然大ひんしゅくであった。
 ともあれ、キセルやパイプが今も使われ続けていたならば、あまたの肺がん犠牲者が、あるいは救われていたかも知れない。

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