禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

江戸時代におけるたばこ (5)女性とたばこ

広島市立安佐市民病院
名誉院長 岩森 茂

 江戸時代を語る前にその元祖ヨーロッパにおける女性喫煙問題を述べておく。16世紀フランスでは、上流階級の女性の間で喫煙は風雅な楽しみとして嗅ぎたばこに代わり、万病のくすりとかファッションの一つとして、みるみるうちに世界を支配していった。しかし、その後は時代とともに男性のたしなみとして、パイプ、紙巻きたばこと変化していった。
 一方、わが国においては徳川時代、寛文年間新しく開墾した土地でのたばこ栽培が許されてから喫煙の自由化が進んだ。ただし、屋外での喫煙は神田の大火(女性のくわえ煙管きせるの不始末)などから厳しく取り締まられたものの、女性の喫煙者が漸次出現してきた。これは武士階級の妻女に見られたのではなく、いわゆる当時の遊女の生活になじんだのである。初めは長崎の丸山あたりの遊女の間で流行していたが、これは異人の存在も関係していたのであろうが、一方、商家や農家の女性もたばこに少なからず手を出していたようである。しかし、遊女の生活には喫煙習慣は欠かせないものとなっていったようで、彼女らが立膝で、また横坐りで煙管を手に持った風景は浮世絵にしばしば登場していることは識者の知るところである。せっかくなので、当時の喫煙を詠んだ江戸川柳の中から2、3おもしろいものを紹介してみよう。
・居ずまいの 悪い内儀(かみ)で うれる店(たばこ屋のおかみがだらしなく煙管をふかしている)
・吸いつけて 出すと煙草も 恋になり
・雁首は 格子のうちに おいてのみ
 (いずれも遊女が格子の外の客に、またなじみ客にたばこを渡す風景)
 そして、格子の中に上がったお客には「まず御覧にいれる煙草盆」のごとく、出された煙草盆で一服吸ううちに遊女がようやく出てくるという按配であったようだ。こうして、江戸は明治になっていったが、遊女の喫煙習慣も新しく出現したカフェーの女給たちにも受け継がれ、マニキュアした指に煙草を挟み、口にくわえる構図が当たり前のごとき時代と変わってきた。
 ここに、どうしても書き残しておきたい女性の物語がある。それは、愛煙家 樋口一葉のことである。明治に入ってから東京で生まれた彼女は、24歳で若死にしたが、和歌を中島歌子に学び、小説は半井(なからい)桃水に師事した才媛で、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」などや文学性の高い多数の日記などを残している。その短命の理由の一つに、ヘビースモーカーであったことが挙げられようが、彼女の喫煙習慣は、作品を書く時は必ずたばこを手元に置き、朱らお(外国産の竹で作った煙管)の煙管で一服してはペンを走らせ、行き詰まるとまた一服するという調子だったという。その作品の中にも喫煙行動を詳しく描写した文章もあるが、ここでは紹介する意図もないので省略する。
 ともあれ、江戸時代には多種の刻みたばこも出現し、その売り子も出現したが、最高級のものの銘は「国府」といい、薩摩の国から生産されたとのことである。

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