禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

看護者は勤務中喫煙すべからず

広島県医師会禁煙推進委員会委員長
日本赤十字広島看護大学
教授 川根 博司

 表題の「看護者は勤務中喫煙すべからず」は、明治43年(1910年)に刊行された日本赤十字社編纂『甲種看護教程』の中に出ていたものである。看護職員に勤務中の喫煙を禁じているわけだが、看護者を医療者と置き換えれば現代にも通用するのではなかろうか。このような文言を知るきっかけとなったのは、明治33年(1900年)、世界に先駆けて『未成年者喫煙禁止法』が施行されたわが国において、当時の看護教育で喫煙についてどのように教えられていたのかに興味を持ったからである。
 文献の調査・研究結果については、先日広島で開催された第43回日本医学教育学会で『明治期の看護学教科書における喫煙に関する記述』と題して口頭発表した。調査した書物のうち『甲種看護教程』に、「許された患者に限り一定の場所において喫煙してもよい」とする一方、「看護者は勤務中喫煙してはいけない」という記述があった(図1)。明治23~43年に出版された他の教科書では、「病室及び廊下において喫煙してはいけない」、「喫煙等は空気を汚染する」、「喫煙は多くの患者に対して甚だ害があり且つ大気を不潔にするものなので、病室内において喫煙させてはいけない」などの記載が見られた。
 そのころ、欧米の看護教育あるいは看護実践において、喫煙問題はどのように捉えられていたのだろうか。フローレンス・ナイチンゲールの『看護覚え書(Notes on Nursing)』(1859年)は、英国のみならず世界中で有名な本で、看護師の必読書とされている。注意深く目を通してみたが、この中には喫煙/禁煙のことは一言も触れられていなかった。ところが、1875年改訂版(未出版)では、ナイチンゲールは少年少女による喫煙や噛みタバコの弊害について述べている。しかし、大人や患者の喫煙に関する記述は見当たらなかった。
 米国最初の看護教科書は、クララ・ウィークス=ショウにより著されたものとされており、その名も『看護の教科書(A Text-book of Nursing)』(1885年)である。この本はインターネット上で閲覧でき、tobacco、cigarette、smoking などのキーワードで検索するといくつか引っかかってくる。例えば、蛭療法を行う際にはタバコの臭いが影響を与えるという事象、喘息の治療としてチョウセンアサガオの葉をシガレットの中に巻き込むか、タバコのようにパイプで吸うなどの記述である。そして、タバコの害、喫煙制限、禁煙についてはまったく出てこなかった。このことは第3版(1902年)においても同じであった。
 日本赤十字社による『甲種看護教程』は女性(看護婦)用の教科書であるが、男性(看護人)のための教科書である『乙種看護教程』(明治43年)にも同じ記載があった。医員(医師)の場合も勤務中の喫煙が禁じられていたのかどうかは、残念ながら不明である。病院の敷地内禁煙が当たり前となった現在、医療従事者は勤務中に喫煙できなくなっている。今から100年も前に、恐らく世界初のすばらしい理念がわが国で出されたことは特記すべきであろう。

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図1 甲種看護教程・下巻

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