禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

江戸時代におけるたばこ (2)好煙家の出現

広島市立安佐市民病院
名誉院長 岩森 茂

 江戸時代、戦国時代に別れを告げて天下をとった徳川家康は、天皇家を拝して幕府を作り、諸法令を布告し厳しく行政を取り締まった。一方では、文明の進歩とともに庶民の文化も花開いた時代でもある。さて、たばこ事情であるが、家康により厳しく取り締まられた禁煙令も吉宗の子第9代将軍家重によって破られ、さらにその子の第10代将軍家治は無類の愛煙家となっていた。将軍が吸うならわれも...というように各大名も公然とたばこを吸うようになっていった。おそれ多くも天皇の中でも江戸初期の後水尾天皇は、たばこをたしなまれたと思われる御製「藻塩やく 酒人ならねど 煙くさ なみよる人の しほとこそなれ」が詠まれているので、たばこを吸っておられたものと想像される。さて、地方の大名はどうであっただろうか?名君の誉れ高い松平定信の甥である伊予松山藩主松平定通は藩政を改革した名君として名高いが、一方では「煙草」と題した詩を作っており、この詩をわかりやすくしたものが現代に伝わっているので、紹介してみる。「一管の薫煙吃しえて奇なり 酔余多食後 味尤も宜し 書斎春昼倦生ずる処 駅舎秋宵眠り覚むる時」のごとくで、大体判読できようが、要するに食後の一服が最高においしく、読書や書きもので疲れた時やさらに眠りから覚めた時のたばこのうまさを絶賛している。またの例として、尾張藩主徳川宗春に仕えた横井也有は寺社奉行を務めた有能な士であったが、俳諧の方でも有名である。その彼の著した俳文集「鶉衣」にもたばこと題した一文があり紹介してみよう。「烟草の友となるこそ、琴、詩、酒の三つにも勝るべけれ」と、まずたばこをたたえ、この琴、詩、酒とは唐の詩人白居易がこよなく愛した三友であるが、也有は烟草をこれより上であるとほめたたえ、烟草の品格を「酒は富貴なるものなり、茶は隠逸なるものなり、烟草はさしずめ君子の番にあたりて用いる時は一座に雲を起し、しりぞく時は袖のうらに隠る。これに神竜の働きありとも言うべし」と述べ、烟草を神秘的な魅力をもつものとほめちぎっている。これまさにニコチンのとりこになっているが、当時は依存症などの言葉もなかった時代、現代の愛煙家やJTがたばこの効用として引用する場合、これ以上のほめ言葉はないであろう。
 文中、たばこ、烟草と混用したが、ともにけむりぐさとよまれた時代があることを断わっておく。

戻る