禁煙コーナー

禁煙に関するコラム

ニコチン依存症は手ごわいぞ

広島県医師会禁煙推進委員会
楠部 滋

 私のクリニックのように零細な禁煙外来でも、昨年10月のタバコ値上げの直後には禁煙希望の患者さんが、かなりの人数やって来ました。皆さんに型どおりタバコの害と禁煙治療の概要を説明して、3ヵ月間のおつき合いをお願いしてから、主に内服薬を使った治療を始めます。その後の個々の患者さんの経過には、結構個人差があるようです。早く効く人は4週目くらいから「吸いたい気持ちが無くなった」と言われますが、10週目でも「タバコの夢をみる」と言う人、「気分が悪くて続けられない」と言う人もいます。
 39歳のA子さんは昨年も内服薬の禁煙治療に挑戦されましたが、6週目に挫折して来院されなくなりました。1年経ったので、今年再挑戦中です。しかし8週間経過しても、来院のたびに「どうしても欲しくなり、1本吸ってしまった」と言われます。呼気CO濃度も9ppmから下がりません。それでも今年は何とか12週間続けようと、一緒に頑張っています。
 禁煙外来を始めてしばらくは、「禁煙できました」と言う患者さんの声を聞く嬉しさに目を向けていましたが、この頃はA子さんのような女性や中学生時代からずっと吸って来た中高年男性、認知症の喫煙者など、どうしても禁煙できない人々に心を悩ますようになりました。「ニコチン依存症は手ごわいぞ」というのが実感です。
 最近は確かに公共交通機関も次々と全面禁煙になり、禁煙できない人にはとても辛い世の中になっています。1本のタバコを燃焼させると、ドラム缶に500本分の有害な副流煙が出るという受動喫煙の恐さもあり、禁煙空間をふやす努力は精力的に続けなければなりませんし、確実に成果が上がっています。日本が世界で19番目に批准したタバコ規制枠組条約では、公共の場での禁煙を実行することを義務づけており、2010年春からは国も重い腰を上げ始めています。同条約ではその他に、タバコを値上げして消費量を減らすこと、自動販売機を無くすこと、タバコの宣伝を禁止しパッケージの警告を目立たせることなど、取組まねばならないことを多数謳っています。
 一方視点を変えると、どうしてもタバコを止められない重症ニコチン依存症の患者さん達は明らかに難治性疾患に罹患しており、癌、循環器疾患やCOPDなどの合併症の危険性が高い人々です。これらの気の毒な患者さん達にとって一番良い治療法は、世界中でタバコそのものの製造、販売を禁止することだと思いますが、核兵器の廃絶と同様に実現は困難です。残念なことに、タバコを止められない重症ニコチン依存症の患者さんは日本中にまだ1,000万人以上おられることが推測されます。これらの人々が今後もさらに少数派になるように、禁煙外来を開設している医療機関はさらに努力しなければなりません。
 ところで、人口割合から考えると、重症ニコチン依存症の人々が非喫煙者に対する受動喫煙の加害者にならないように、「迷惑をかけずに安心して吸える場所」の確保も、現状ではまだ必要かもしれません。新幹線N700系のぞみ号の喫煙室のような場所が、ホテルやレストランの中には必要なところがあるかもしれません。少数派の権利擁護もまた、民主主義社会では必要なようですから...。
 とにかく社会全体で、国民の健康を増進するために禁煙運動を続けて行けば、今後20年で重症ニコチン依存症の人々は次第に消滅して行くでしょう。しかし新たな患者を作らないことは、もっと大切です。これまで多くの熱心な医師の皆さまが、教育の現場に出向いて児童、生徒に対する防煙教育を積み重ねて来られました。その成果は着実に現れて来ているとは思いますが、若い女性などをターゲットにしたタバコメーカーの巧妙な販売促進戦略もあるようですから、今後も決して油断せずに、訴え続けて行くことが肝要だと思います。頑固に活動を継続して、社会常識を少しずつ変えていくことが、私たちの務めです。

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